こんな日本語で大丈夫?

  • 2016.12.15 Thursday
  • 09:37

 「大丈夫です」――お金がなさそうに見えたり、具合が悪そうに見えたりする私のことを心配してくれる人に応えるときの言葉だと思っていたのだが、最近はどうも違うようだ。

「署名をお願いできませんか」「大丈夫です」。「アンケートにご協力いただけませんか」「大丈夫です」。

てっきりしてくれるものと喜んでいたら、嫌な顔をしてさっさと通り過ぎて行ってしまう。何回かこんな経験をして、ようやく、いまの「大丈夫」は、「いりません」「お断りします」という意味なんだと分かるようになった。いきなり言葉がこんなに変化すると、頭の固い年寄りとしては面くらってしまう。

そんなこんなで、今の若者の日本語は…などと言いたくなる思いもあるのだが、いやいやどうしてどうして、日本語をめちゃくちゃに使っている、そのひどさたるや、その辺の若者などてんで問題じゃない人たちがいた。

 

沖縄県で空中を飛んでいたオスプレイが海に突っ込んで、機体は見る影もなくぶっ壊れた。この状況について政府は「不時着水」などと言い、マスコミもおしなべて「不時着」と報道した。しかし、不時着と言ったら、機体に思わぬアクシデントなどがあって予定の基地の外に着陸することを言うのであって、その際、多少の損傷があるかもしれないが、今度のように海に突っ込み、機体が完全に破壊されているような事態は、ふつう「墜落」というのじゃないだろうか。にもかかわらず、「墜落」と報じたのはごく一部のマスコミに過ぎない。

なにゆえにこんな不正確な日本語をあえて採用したのか。その狙いは、はっきりしている。

オスプレイと言えば「未亡人製造機」と揶揄されるほど事故が多発し、危険極まりない飛行機である。これが配備されている沖縄などでは、そういう不安や騒音被害などに対して大きな反対の声があがっているわけだが、今回の墜落事件によって、まさにその不安が的中したわけだ。

怒りの声がさらに高まり、日本全体に広がることを恐れる勢力が、事態を過小に伝える印象操作として編み出したのが今回の「不時着」なる怪しい日本語なのだ。

そういうふうに、政府が率先して言葉をごまかし、捻じ曲げていく。そしてそれを無批判に受け入れ、拡散しているのがNHKや大手マスコミだ。

もはや、若者たちに「そんな日本語で大丈夫?」などと言えるものではない。

 

ケアマネ調査「在宅介護殺人危惧」55%

  • 2016.02.28 Sunday
  • 10:38
JUGEMテーマ:気になったニュース   介護疲れによる殺人が起きてもおかしくない−−。自分が担当した在宅の介護家族について、ケアマネジャー(ケアマネ)の半数以上はこう懸念した経験を持つことが毎日新聞と介護・ヘルスケア事業会社「インターネットインフィニティー」(東京都)の共同調査で分かった。(「毎日」2月28日)
私の妻もケアマネなので、他人事とは思えません。安倍政権の方針で介護保険制度がこの先もますます悪くなっていく状況の中で、介護者にも、被介護者にも、さらにケアマネなどの介護関係者にも、いっそうのしわ寄せがくるでしょう。記事の中でも触れられているように、制度の仕組みを政治の側から良いものに変えていく以外に根本的な解決策はありません。

想定内

  • 2014.08.20 Wednesday
  • 14:59
このあいだ発表された2014年4〜6月期のGDP(国内総生産)の速報値は、実質で前期比1.7%減、年率換算で6.8%減の大幅な落ち込みとなった。特に個人消費は統計上で比較可能な1994年以来20年間で最大の悪化。マイナス幅は四半期GDPとしては、東日本大震災時に次ぎ、過去20年間で5番目の大きさ。消費税率を5%に引き上げた直後の年率3.5%減をはるかに上回る。(以上、ほぼ「しんぶん赤旗」の記事のコピー)
 
 この発表を受けて自民・公明の与党政治家や官僚、マスコミに登場する「経済通」なる人たちの口をついて出るのが、「想定内」という言葉。「だから、この程度の落ち込みは心配ありませんよ」と国民を説得しているつもりかもしれないが、聞いているこっちは、ちっとも安心感など生まれてこない。
 だいたい「想定内」というのは、よくわからない、それゆえに便利な言葉だ。今度のGDPについても、それぞれの政治家や官僚がどういう想定をしたのか知らないが、「どうです、私の予想したとおりでしょ」と、自慢しているようにも聞こえる。それにしても、彼らの想定にどれほどの意味があるのだろうか。
 野球の解説者が「今日の試合は10点以下の攻防になるでしょう」と幅を大きく取っていえば、ほぼ間違いはない。「明日は晴れ、所により曇り、所により雨」と気象予報士が言えば、ほとんど百発百中だ。
 GDPの想定も、そんな程度の話じゃないのかね。
 様々な指標の内には、国民の日々の暮らしが隠れているわけだが、そんなことには大した関心も払わず、ゲーム感覚で数字をいじくりまわされてはかなわない。
 今回のGDPの大幅低下をめぐっても、マスコミに登場する「経済通」は、「増税前の駆け込み需要の反動減」とか「円安なのに輸出が意外に伸びなかった」などと、頓珍漢なことを言っている。「消費者の財布の紐が固いから」などということを言っている人もいたね。そうじゃないでしょ。
 紐が固いのではなくて、財布の中身がどんどん減っていて、買いたいものも買わずに我慢、食べたいものも食べずに我慢、というのが、特に消費税増税後の庶民の暮らしでしょ。我が家の財布の中身を見に来てもらいたいもんだ。だいいち、今どきの財布に紐なんかついてませんて。
 マスコミに登場する「経済通」にとっての「経済」の中心は、株価をはじめとした金融指標。だから、株に無縁の庶民の暮らしなどほとんど目に入らないのだろうね。
 
 もうひとつ。「想定内」という言葉には、「その程度のことはすでに織り込み済みですよ」という、言い訳というか、開き直りというか、そういうニュアンスに続いて、「だから、これまでどおりの方針で大丈夫。このまま行きましょう」という批判封じが含意されている。
 だから、谷垣法務大臣(この人も「経済通」らしいが)のように、「GDPの数字は想定内。消費税10%は予定通り実施を。そうじゃないとアベノミクスが失敗したとみられかねない」などと、平然と言うこともできるわけだ。アベノミクスはもうすでに失敗しているということもわからずに、国民に苦しみだけを押し付ける政策の実施を督励するとは、まことに有能な「経済通」法務大臣である。
 こういう人たちって、首都圏直下型大地震が発生して、何千人、何万人という人たちが死んだり傷ついたりしても「ああ、それも想定内です」と言ってのけるんだろうね。だって、たしかにそういう深刻な被害が想定されていることは間違いのないことだから。
 

閣議決定は無効だ

  • 2014.07.02 Wednesday
  • 17:28
日本国憲法 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 
安倍内閣が7月1日に行った閣議決定は、どこからみても憲法9条とは相いれない。完全な憲法違反の「決定」である。
 
日本国憲法 第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
 
この規定により、安倍内閣の閣議決定なるものは、無効である。
 
こんなバカげた「閣議決定」を振りかざす政治を、いつまでも続けさせるわけにはいかない。
 

茶番劇の果てに

  • 2014.06.30 Monday
  • 14:29
 公明党が、集団的自衛権の名による武力行使に道を開く「閣議決定」にゴーサインを出した。
 5月から1カ月以上にわたって「与党協議」なるものが行われ、ここで、集団的自衛権行使を強行しようとする安倍政権・自民党と、それにあれこれ注文を付ける公明党という「政治劇」が上演されたが(劇場は密室だったため、実際に何が演じられたのかはよくわからない)、結局、集団的自衛権の行使容認という安倍政権・自民党の方針を追認する場になっただけのことだった。
 マスコミの一部には、自民党が勝者で公明党が敗者になったというように見ている向きもあるが、それは見当外れだ。これはただの茶番劇であって、「たたかい」ではなかった。だって、公明党は最初から、同党にとってもっとも強力な「連立離脱」というカードをすてて臨んだのだから。はなから、勝者も敗者もなかったのだ。
せいぜい、暴走する自民党に対して、「平和の党」である公明党がブレーキ役を果たした、自民党も懐の深いところを示して、文言修正で歩み寄った――というような絵を描きたかったのだろうが、こんなふうに思ってくれたのは、ほんの一握りの同党の熱烈な支持者だけだろう。
 
 公明党の山口代表は、6月27日のテレビ番組で「個別的自衛権に匹敵するような集団的自衛権であれば、一部限定的に容認(しても)…許される余地がある」などと説明したうえで、(閣議決定の修正案は)「二重三重の歯止めが利いており、拡大解釈の恐れはない」などといって閣議決定への道をともに進むことを最終的に表明した。
 「個別的自衛権に匹敵する集団的自衛権」――なにそれ?
 集団的自衛権が、実際の世界政治では「自衛」の名に値しないものであったという問題はさておいても、個別的自衛権と集団的自衛権がまったく次元の違う概念であることは、ちょっとこの問題を齧ったことがある人ならすぐにわかる。国民を煙に巻くだけのこんな言葉遊びになんの意味があるのだろうか。
 集団的自衛権の行使を認めることは、どんなに「限定的」といおうと、海外での武力行使にとって最大の歯止めである憲法9条の縛りを断ち切るということだ。最大の歯止めを壊しておいて、「二重三重の歯止め」とは、聞いてあきれる。しかも、その「歯止め」なるものは安倍政権がいくらでも自由に解釈できるものであって、実際にはまったく役に立たない。
 
 公明党の今回の対応について、集団的自衛権行使に反対する勢力から厳しい批判が集中していることは当然だが、それに加えて、当の公明党の地方組織や創価学会員などからも痛烈な怒りの声が相次いであがっているようだ。
この党を「平和の党」と信じてきた人たちからの激しいブーイングが、茶番劇の幕が下りた劇場を包んでいる。明日は、この党の「終わりの始まり」を告げる劇の幕が上がるかもしれない。
 

君死にたまふことなかれ

  • 2014.06.07 Saturday
  • 17:27
 集団的自衛権の行使をなんとしても実現しようと、安倍政権と自民党が、詭弁もリアリティの欠如もものともせず、あれこれ策謀をめぐらしている。与党である公明党が注文を付けてブレーキ役を果たしているように演出しているが、ことの本質にかかわるところでは何の役にも立っていない。
 6月3日に、国外での武力行使に関する新基準案(4条件)なるものを示したが、一部のマスコミを除いた多くの国民からの強い批判を受けて、6日にはこれを撤回し、新しい3つの基準なるものを提示した。この先どうなるかは不明だが、あれこれ言葉を弄しながらも、従来の政府解釈で歯止めにしていた「武力行使をしない」「戦闘地域にはいかない」という大前提を取り外すことでは一貫している。
 戦闘地域に自衛隊が出かけて行って、他国の軍隊にたいするあれこれの支援を行うのだから、外形的に「武力行使ではない」などと言い逃れしても通用するものではない。これが、集団的自衛権の行使への突破口であることは間違いない。それをごまかしごまかし、「この程度ならいいでしょう」と土俵に引き込んでいく。どんなやりかたでも、突破口さえ切り開けば、あとはどうにでも広げられるという底意がみえみえである。
 
 最新の基準では「戦闘の現場(従来の「戦闘地域」とは異なる表現に注意!)では支援しない」「戦闘現場になったときは撤退する」という。これまでも、自衛隊の代弁者である国会議員などが、憲法上の制約によっていかに戦場で役に立てないかを嘆いていたが、こんな基準で戦闘地域に行って、実際に打ち合いになったときにしっぽを巻いて逃げだしたら、それこそ世界の笑いものだ。自衛隊代弁者など憤死したくなるような話ではないか。
 では、逃げれば安全なのか。
すでに命のやり取りをする現場になってしまったところにいる軍隊に対して、敵がやすやすと逃がしてくれると思うのは、よっぽどのお人よしである。戦国時代の戦争でも、部隊を撤退させるとき、そのしんがりにつくのが一番犠牲も多く困難な役割と言われていたが、今日その危険は当時の比ではあるまい。
「死にたくなかったので、無我夢中で敵をやっつけました」
「武力は使ったけれど、武力行使を目的としてやったわけではないからいいんだよ」
「極限状態だから、仕方ないよな」
「今度は、もっと堂々と戦闘ができるように基準を変えようぜ」
 こんな「未来」がすぐそこに迫っているかもしれない。
ところで、死ぬのは「敵」だけ?
 
あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。
 
――1904年、日露戦争に従軍している弟の身を案じて、与謝野晶子が『明星』に発表した詩「君死にたまふことなかれ」の一部である。
 
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戰ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獸(けもの)の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ。
 
――現在の憲法のもとでは、天皇のために死ぬというような思想は出てはこないが、今日的にはこれを「首相」に読み替えてみればいい。
 みずから「軍国主義者と呼びたければ呼んでくれ」と公言する首相にとっては、自衛隊員が血を流し、靖国神社に祭り上げるときのことを想像するだけでも興奮の極みかもしれないが、われわれはそんな日本はまっぴらごめんである。
 

 

司法は生きていた

  • 2014.05.24 Saturday
  • 16:17
 大飯原発の再稼働差し止めを求める裁判の判決(5月22日)が出された福井地裁前の写真には、「司法は生きていた」と大書された「判決等速報用手持幡(てもちばた)」(弁護士さんなどがこれを掲げて走ってくるシーンはおなじみですよね。通称、ビローンというのだそうです)が鮮明に写っていた。
 この日はたまたまだろうが、福井地裁でこの判決があり、横浜地裁では自衛隊の夜間飛行を禁止するという判決があった。横浜判決には米軍を不問に付すなどの不十分さがあるものの、この種の基地騒音をめぐる訴訟で飛行差し止めを命じる判決は初めてであり、その意味で極めて画期的である。
 そう、まさに「司法は生きていた」というフレーズを実感する日であった。
 
 「大飯原発3、4号機運転差止請求事件」(これが正式名称)の判決は、要旨だけでも1万字を超える長いものであるから、とてもここで詳細に紹介することはできないが、一読して「これは歴史に残る名判決だ」と実感したので、その思いを含めて少し触れてみたい。なお判決文(要旨)はこちらで見ることができるので、ぜひお読みいただきたい。http://adieunpp.com/download&lnk/140521judgesumm.pdf
 
 判決(以下、裁判長の名をとって「樋口判決」という)は、憲法上の権利である人格権(13条、25条)が「すべての法分野において最高の価値をもつ」として、これを判断の指針にしっかりと据えている。
 これについては原告(住民側)が「人間の生命,健康の維持と人にふさわしい生活環境の中で生きていくための権利という根源的な内実を持った人格権に基づいて本件原発の差止めを請求する」と主張したのに対し、被告(関西電力)側はフンそんなもの、という態度で「人格権を直接定めた明文の規定はなく、その要件や効果は自明のものではない…(差止め)請求が認められるためには、人格権侵害による被害の危険が切迫し、その侵害により回復し難い重大な損害が生じることが明らかであって…差止めが唯一最終の手段であることを要する」などと主張していたものだ。
 樋口判決は、「人格権は憲法上の権利であり、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根本部分に対する具体的侵害の恐れがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差し止めを請求できる」と明快な判断を示した。
 そのうえで、原発の再稼働が、いかにくらし・命にとって重大な危険をもたらすかについて、福島原発の重大事故の経験を踏まえ、また地震学の今日の到達点などを踏まえて、詳細に論を展開している。
 原発がいかに安全か、でっかい地震など来るはずがない、万一の時もこれこれの万全の対策があるなどと主張した関西電力に対して、樋口判決はひとつひとつの問題点を指摘し、結論的に「国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点から見ると、本件原発に係る安全技術及び設備は…確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない」ときびしく断じている。
 関西電力の完敗である。
 
 樋口判決は、差し止めを認める理由を述べたうえで、さらに次のようなことにも言及する。
 関西電力が原発による電力供給のコスト低減について主張したのに対しては、「当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」
さらに言う。「このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」
また、二酸化炭素排出削減に資するもので環境面でも優れている、との主張についても「原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである」と切って捨てた。
この格調高い判決は、安倍内閣が進める新たな安全神話の創出による原発再稼働・原発輸出に対する根底的な批判でもある。
 
判決を一読して痛感したのは、私たちが大事に守り抜いている憲法は、日本の平和を守る上で大きな役割を果たしているだけでなく、こうした命や健康・暮らしを守る上でも実に頼りがいのある素晴らしい憲法だということ。憲法の精神を貫くことによってこれだけのことができるのだ。
安倍首相が狙う「憲法クーデター」、大日本帝国憲法の世界への逆戻りを、その意味でも絶対に許すわけにはいかない。

 

憲法クーデター許さず

  • 2014.05.18 Sunday
  • 06:39
憲法第9条
 ‘本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 
 ◆〜姐爐量榲を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 
 実に明解ですね。ここには、「自衛のためなら軍隊を持ってよい」とか、「これこれの場合なら、集団的自衛権の行使も認められる」などという議論が入り込む余地などどこにもありません。
 しかしそれでも、何とかして軍隊を持ちたい、という人たちが苦肉の策でひねり出したのが、日本を守るための最小限度の軍備は認められるという屁理屈でした。明らかに軍隊なのに「自衛隊」という摩訶不思議なネーミングを採用したのもそのためでしょう。
 ここにはすでに憲法からの重大な逸脱があるわけですが、それでも多くの国民が「まあ、自衛のためには多少はしょうがないよ」と容認してきた歴史も現実にありますから、それも一概には無視できないでしょう。
 その歴代政府でさえ、集団的自衛権の名による軍事力の行使は認められないという立場に立ち続け、それゆえ、イラクなどに派遣された自衛隊も、戦闘地域にはいかないという言い訳をしながらなんとか派兵を認めさせるというレベルに留めてきたわけです。
 それすらかなぐり捨てて、憲法は集団的自衛権の行使を容認しているなどというたわごとを喚き散らしているのが、安倍首相のお友達による酔っぱらいの居酒屋談義のような懇談会(安保法制懇)と、それをあたかも憲法解釈の最高権威のように利用している安倍首相自身と、その尻馬に乗ってアホなことを言い続けている自民党の主要メンバーたちです。
 集団的「自衛」権なるものが、実は自衛ではなくてアメリカなどによる侵略戦争の口実として使われてきたという歴史の事実も、このさいちゃんと思い起こしておきましょう。そういう批判をかわすためなのかどうか、安倍首相はあれこれの事例を持ち出して集団的自衛権の必要性を説明しようとしているようですが、そういう事例そのものにリアリティがなかったり、従来の政府解釈による個別的自衛権で十分対応できるものだったりと、まったく説得力がありません。
 
 憲法第9条のどこをどうひっくり返しても、集団的自衛権の行使(すなわち自衛隊による軍事行動――9条の文言でいえば「武力による威嚇又は武力の行使」――)を容認するなどという立場は出てきません。そう読めるのは、よっぽど日本語を知らないか、憲法そのものを読んでいないかのどちらかしかありませんね。
 それを無理やり捻じ曲げて、あたかも憲法が集団的自衛権の行使を容認しているかのように描きだす法制懇。「限定的」という修飾語をつけてごまかしながら、新たな法整備をすすめ、憲法9条に風穴を開けようとする安倍首相。
 この先に待っているのは、自衛隊が海外で他国の人を殺し、自衛隊員も殺されるという、「新しい」日本の姿です。安倍首相は「日本を取り戻す」といって一昨年の総選挙で多数議席を獲得したわけですが(あの「ドヤ顔」のポスターがまだ残っている街角があるんですよ)、結局、彼が取り戻そうとしている日本は、戦前同様に、国民を戦争に駆り立てる血なまぐさい「古臭い」日本でしかないことが、まあずいぶんとはっきりしてきました。
 戦後60年、日本が曲りなりにも平和を保ち、戦闘行為で他国民を殺すことも、日本人が殺されることもなかったのは、なによりも憲法9条があり、それを守ろうとする国民がおり、その力が、アメリカの圧力を受けた政府の暴走を食い止めていたからです。決して、自衛隊がいたからでも、安保条約でアメリカが守ってくれたからでもありません。
ベトナム戦争でも、イラク戦争でも、日本はアメリカの侵略戦争の同調者であり、基地の提供、物資の提供、「非戦闘」地域への自衛隊派兵など、さまざまな形でアメリカの戦争遂行に協力しました。しかしそれでも、直接の戦闘行為にだけはかかわれなかった――これぞまさしく、憲法9条による縛りがあったから、という以外に説明のしようがありません。
それゆえ、日本は直接的な戦争当事国には一度もなりませんでした。そのことが、いまも紛争のなかなか収まらない諸国の軍事的勢力の中で、日本がアメリカなどとは別格の扱いを受けてきたことにもつながっているわけですね(もっとも、自衛隊の海外派兵以後、こうした感情もだいぶ変化しているようですが)。こうしたことについては、そういう地域で国際援助などをおこなっている人々の証言がたくさんあります。
憲法論が日本を守る足かせになるなどという、酔っぱらった「専門家」のみなさんや、「あらゆる事態に対処できる法整備によってこそ、抑止力が高まり、紛争が回避され…」などといって、軍事的対応を急ごうとする安倍首相には、こうした明白な事実さえ見えないんでしょうね。
 
 憲法9条を事実上投げ捨てようという憲法違反の国策の大転換を、憲法そのものに明記されている憲法改正の手続きを一切取らず、政府による「解釈変更」だけで進めていこうとする安倍首相の政治手法は、「憲法クーデター」(不法手段による立憲政治の転覆)と断じるべき、と私は強く思います。
こんなことを絶対に許すわけにはいきません。
 
 
 

伊勢崎市議選結果

  • 2014.04.28 Monday
  • 15:17
4月27日に投・開票された伊勢崎市議会議員選挙で、日本共産党は現有2議席を守りました。ご支援・ご協力いただいた方々に、私からも感謝申し上げます。
長谷田公子(現)2838票(5位)前回より 74票増。
北島元雄(現) 2793票(6位)前回より319票減。
なお投票率は49.02%で市議選では過去最低。こんな田舎の市でも政治離れが加速しているようで、その要因はなんなのか、これからいろいろ考える必要がありそうです。

伊勢崎市議選はじまる

  • 2014.04.21 Monday
  • 09:53
北島市議 群馬県伊勢崎市の市議会議員選挙が昨日(4月20日)告示されました。定数30に対して35人が立候補。日本共産党は、北島元雄、長谷田公子の両現職を擁立し、2議席の確保をめざしています。これをご覧の伊勢崎市民のみなさんのご支援をよろしくお願いいたします。
 「伊勢崎民報」2月号に掲載された2人の挨拶と、日本共産党の政策を紹介します。
 
大地に根を張り市民とともに生きる――北島元雄
 市内の農家に生まれた私は、命と健康を支える農産物を作り出している誇りを胸に、農業や環境を大切にする政治、勤労者や業者はもちろんすべての市民が安心して暮らしていける社会をつくろうと、市議会議員をめざしました。それから6期23年、「市民の利益第一」を貫くなかで、ときには大きな壁にぶち当たるときもありましたが、市民のみなさんから力をいただき、切実な願いを一つ一つ実現する仕事に取り組んできました。
 いま、自公政権がすすめていることは、結局は庶民の暮らしを犠牲にして、大企業をぬくぬくと太らせる政治であることがはっきりしてきました。4月に予定されている消費税大増税はその最たるものです。市民のくらしに寄り添うあたたかい市政がいまほど求められているときはありません。新たな闘志を燃やして、全力をつくす決意です。
活動地域――三郷・宮郷・名和・豊受・赤堀・東
 
はせだ市議 くらしの現場でいつも一生懸命――はせだ公子
働く母親の一人として子どもの医療費無料化や学童保育所づくりの取り組みを仲間とともにすすめていた私が、「市民の願いが実る市政に」と市議会議員をめざしたのは39歳の時でした。議会に送っていただいた後も議会外の活動と議会内の論戦を積み上げ、多くの市民のみなさんと力を合わせ一つ一つ要望実現の道を切り拓いてまいりました。
 「地方政治は民主主義の学校」といわれるように、市政は暮らしにもっとも身近で、私達の願いが実る道筋も見えやすいものです。しかし、今、安倍政権は増税・社会保障切り捨てと戦争への道を暴走し、私達が守り育ててきた民主主義を踏みにじろうとしています。
 国の悪政が庶民の暮らしを痛めつけている今こそ、「市民の暮らし第一」の市政が求められていると思います。みなさんの切実な「願い」をお寄せいただき、それを力に、市民の願いが実る市政実現のため、いっそうがんばっていきたいと決意しております。
活動地域――北・南・殖蓮・茂呂・境 
 
政策
■国保税(1世帯2万円)と介護保険料(1人1万円)の引き下げ。
■小中学校全学年で30人以下学級、給食費無料化など子育て支援の充実。
■コミュニティバス路線の改善、デマンドバスの導入。
■「まちなか商店リニューアル助成事業」の創設、中小企業振興基本条例の制定。
■脱原発へ。再生可能エネルギーの市民利用を促進する制度の充実。
■暮らしの安全へ、原発事故を想定した災害対策、防犯灯の抜本的増設、住宅耐震改修補助制度の改善。
■米軍機の低空飛行訓練をやめさせる強力な働きかけ。
■TPP反対、地産地消の推進で、伊勢崎の農業を守る。雪害からの復興へ、従来の枠にとらわれない積極的な支援を。
 
 

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